高年齢者雇用安定法への対応について
・すでに皆さまご存じかと思いますが、2021年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行されました。同法は、労働者に対して70歳までの就業機会を確保をするよう事業主に努力義務を設けたものです。今回の施行では努力義務にとどまっていますが、数年後には義務化されている可能性もあります。また、努力義務とはいえ、就業機会確保措置を講じていない企業は、措置を講じている企業に比べ、労働者の確保・維持が困難になることも考えられます。
少し前の時代であれば、定年退職で現役を退き、その後は就業せず、悠々自適な生活を送ろうと考える人がほとんどだったと思います。しかし、今や人生100年時代、体も心も健康であれば、定年後も働き続けたいという人が年々増えてきています。
年齢に関わらず、自分らしく社会の中で活躍し続けることは、高齢期の経済基盤を支えていくことにとどまらず、高年齢者の方々の健康や生きがい、尊厳のある生き方にもつながっていくのではないでしょうか。
このように現役を退く年齢は時代とともに変わっていきます。今回の高年齢者雇用安定法改正により、”70歳までは現役”という新たな就業環境の土壌が生まれてくるかもしれません。それでは、高齢者雇用安定法がどのように改正されたのかを詳しく見ていきたいと思います。
目次
高年齢者雇用安定法とは
・高年齢者雇用安定法とは、1971年に制定された中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法から始まった法律です。その後名称が変更され、1986年に高年齢者雇用安定法となりました。
この法律が制定された1970年代は高齢化率が10%を切っており、若年層のみが雇用される状況であったため、心身ともに健康で働く意欲のある高年齢者が引き続き活躍できるよう、高年齢者の就労環境を確保することを目的とした施策でした。
高年齢者雇用安定法の歴史
・高年齢者雇用安定法は1986年に改称されて以来、数度の法改正を経て、段階的に雇用を確保する年齢を引き上げてきました。
1971年 | 中高年齢者等の雇用の促進に関する特別措置法の制定 |
1986年 | 高年齢者雇用安定法に改称 60歳以上定年を努力義務化 |
1990年 | 希望者を対象に定年後の再雇用を努力義務化 |
1998年 | 60歳以上定年を義務化 |
2000年 | 65歳までの雇用確保措置を努力義務化 |
2006年 | 65歳までの雇用確保措置を義務化 (対象者の設定は可能) |
2013年 | 希望者全員の65歳までの雇用を「義務化」 |
・直近の改正は平成24年(平成25年4月1日施行)です。このときは、年金制度改革で老齢厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢の段階的引き上げが始まるタイミングでした。老齢厚生年金の定額部分については、平成25年4月に65歳までの引き上げを終えているため、60歳定年のままでは定年退職後無収入の期間が発生することが懸念され、65歳までの雇用を確保しようとしたものになります。このように、高年齢者雇用安定法の改正は高年齢者を取り巻く様々な状況や制度と相まって行われてきました。
雇用確保措置の3つの選択肢
・現在は65歳までの雇用確保措置が義務化されており、具体的には次の3つのうちいずれかを講じることが事業主の義務となっています。また、令和元年11月の厚生労働省の発表では、雇用確保措置を実施している企業の割合は全体では99.8%、51人以上規模の企業では99.9%と、ほぼ全ての企業が措置を講じていることが分かります。また、それぞれの措置が採用されている割合は下表の通りで、継続雇用制度により雇用確保措置を講じる企業の比率が圧倒的に高くなっています。
措置の内容 | 措置の採用割合 |
(1)定年年齢の引き上げ | 19.4% |
(2)継続雇用制度の導入 | 77.9% |
(3)定年制の廃止 | 2.7% |
令和3年の高年齢者雇用安定法の改正点
・2021年4月1日から改正高年齢者雇用安定法が施行されました。これは、労働意欲のある高年齢労働者の労働環境を整え、就労機会を確保することで、加速する少子高齢化による労働力不足を解消しようしたものです。
70歳までの就業確保措置の努力義務化
・今回の主な改正点は、雇用確保を計る年齢を引上げ、70歳までを努力義務としたことです。ただし、70歳まで雇用機会を確保するとはいえ、実際に全従業員を70歳まで雇用しなければならないとなれば、企業にとっては過度な負担になりかねません。そこで、今回の改正では、就業機会確保措置として単純な雇用以外の選択肢も設けられました。
現行制度の改定 | (1)70歳までの定年の引き上げ |
(2)70歳までの継続雇用制度の導入 | |
(3)定年制の廃止 | |
法改正での新規制度 | (4)他企業への再就職支援 |
(5)フリーランス希望者への業務委託 | |
(6)起業支援 | |
(7)社会貢献活動への参加支援 |
表の上段、(1)~(3)は、これまで運用されていた65歳までの雇用確保措置の年齢規定の部分が、70歳までに切り替わった改定内容になります。これに加え、下段の(4)~(7)が今回の改正によって加えられた新たな「創業支援等の措置」になります。なお、(5)~(7)の措置の導入にあたって、労働者の過半数を代表する労働組合がある場合にはその労働組合、労働者の過半数を代表する労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者の同意が必要になります。
創業支援等の措置の導入
・創業支援等の制度に関しては、「雇用によらない措置」ということで、労働関係法令の規制が及ばないため、雇用による措置との均衡を図るため、複雑な規定になっています。そこで、「雇用によらない措置」を簡単にまとめると以下の通りになります。
・特殊関係事業主以外の企業への再就職に関する制度の導入(4) | ➡65歳までの継続雇用制度は、自社および特殊関係事業主(いわゆるグループ企業や関連企業)での雇用が条件となっていたが、70歳までの継続雇用制度では、他社での継続雇用も可能とされている。 |
・継続的に業務委託契約を締結する制度の導入(5)(6) | ➡65歳までの雇用期間終了後は、高年齢労働者にフリーランスとして独立または起業してもらい、業務委託契約を結ぶことで引き続き70歳まで就業機会を確保するもの。 |
・社会貢献事業等に参加できる制度の導入(7) | ➡70歳まで継続的に、事業主自らが行う社会貢献事業や事業主が委託・出資する法人その他団体が行う社会貢献事業などへの参加を促すことで、就業機会を確保するもの。 |
ただし、どんなに労働意欲があるとは言え、70歳というのは心身が使用者の求める労働を提供するに耐えなくなる場合もあると思われます。そこで、今後この70歳までの就業機会確保制度の実施及び運用について、厚生労働省が定める指針では、心身の故障のため業務の遂行に堪えない者に対する取扱いも盛り込まれることとなっています。
雇用確保措置の比較
・雇用によらない就業確保措置も規定されたところですが、実際には、雇用による雇用確保措置を規定して対応される企業が多いのが現状です。3つの雇用確保措置のうち、いずれの措置を講じるかは、会社が自由に選択することができます。ここでそれぞれの特徴と注意点を確認していきます。
定年の引上げ
(1)特徴 | ・定年を引上げた場合には、原則として全員を新たな定年に達するまで雇用することを前提とすることになります。 |
(2)注意点 | ・定年前に労働契約の解消をしようとするには、労働者が自主的に退職するか、解雇を行うことになります。解雇には解雇権濫用の法理が適用されることからも、定年引上げを選択すると、人件費の調整等、60歳以上の労働力に対する経営戦略が狭められてしまう可能性があります。 |
継続雇用制度の導入
(1)特徴 | ・他の方法に比べて、会社として60歳以上の労働力に対する調整枠を持っておくことが可能。多くの企業が導入しており、今後も主流となる制度になります。 |
(2)注意点 | ・勤務延長制度と再雇用制度の2つの形態が考えられ、雇用形態を変更する必要性の有無等によってどちらを選択するか検討する必要があります。 1.勤務延長制度 定年に達した場合でも、従業員を退職させず、そのまま雇用を続ける制度。定年までの雇用の延長線であるため、雇用形態や労働条件の変更はなく、退職金は延長期間が終了する退職時に支払われます。 2.再雇用制度 一度、退職扱いにしてから、再度雇用契約を結ぶ制度。よって、再雇用時に雇用形態や労働条件を変更することが可能で、賃金水準を抑えることができるため、一般的にはある程度の人件費等の調整ができます。ただし、再雇用であることのみをもって不当に労働条件を悪化させることは、再雇用に当たっての障害となりますので、変更は合理的な範囲で行うことが必要になります。 |
定年の定めの廃止
(1)特徴 | ・従来の定年に達した従業員が在籍し続けることになり、会社には1.定年の引上げと同等またはそれ以上の負担が生じます。また、人材の循環が計算しづらくなります。 |
(2)注意点 | ・通常、企業では、退職する従業員を見越して人員計画や採用計画を策定することになりますが、この手段を選択すると退職のタイミングを見込むことが難しくなるため上記の経営手法の機能は薄くなります。 また、これも1.と同様、解雇権濫用法理の運用次第では中長期的な人員構成や人件費の増減についての予測が非常に困難となり、企業経営にとっては大きな負担となります。 |
継続雇用制度導入にあたってのQ&A
・現状最も利便性が高く、最も多くの企業が採用する雇用確保措置は継続雇用制度の導入であると言えます。そこで、継続雇用制度を導入するにあたって代表的なQ&Aをまとめました。
- 有期契約労働者に関して、一定の年齢に達した日以後は契約を更新しない旨の規定がありますが、これは高年齢者雇用安定法違反となるのでしょうか?
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高年齢者雇用安定法第9条は、主として期間の定めのない労働者に対する措置を求めています。よって、有期労働契約のように本来、年齢とは関係なく一定期間の経過によって契約が終了となるものは別の問題とされています。ただし、契約更新の形態によっては、当該契約が無期契約とみなされる場合があり、その場合には65歳(2021年4月より努力義務では70歳)に満たない年齢以後の雇用契約更新の打ち切りは高年齢者雇用安定法違反とされることになります。
- 現在、20代や30代の社員しかおらず、当分60歳に達する労働者は在籍していない場合でも雇用確保措置を講じる必要がありますか?
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高年齢者雇用安定法は、企業規模に関わりなく、広く事業主に対して高年齢者雇用確保措置を講じることを義務付けているため、何らかの措置を選択して講じていなければなりません。
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継続雇用制度自体は制度として設定していますが、従業員と事業主の間で賃金や労働時間の条件がどうしても合意に至らず、継続雇用を拒否された場合も高年齢者雇用安定法違反になるのでしょうか?
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高年齢者雇用安定法はあくまで制度等の導入を求めているのであり、事業主に定年退職者の希望通りの労働条件で雇用することまでを義務付けているのではありません。よって、事業主が再雇用にあたって提示した労働条件が合理的な裁量の範囲であれば、最終的に労使間で合意に至らず継続雇用が実現しなかったとしても法律違反とはなりません。
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継続雇用制度で定年退職者を再雇用するにあたり、嘱託やパートなどの労働形態に変更して雇用することや、雇用期間を1年として毎年雇用契約を更新する形態としても問題はないでしょうか?
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再雇用後の労働条件については、高年齢者の安定した雇用を確保すると言えるものであれば、雇用に関する一般的なルールの範囲内で自由に合意することができます。1年ごとの更新については、65歳(2021年4月からは70歳の努力義務)までに雇用を終了させようとするものでなければ可能です。
具体的には、
・65歳を下回る上限年齢の設定がないこと
・65歳までは、原則として契約が更新されること
以上の2点が守られることが必要と言えますが、2点目については、能力など年齢以外の合理的な理由による雇止めは認められますので、個別具体的な判断となります。
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定年退職日から再雇用される日までに、雇用に空白が生じてしまった場合でも継続雇用制度を講じていると判断されるのでしょうか?
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雇用管理の事務手続等の事情に鑑みて、必ずしも定年退職日の翌日から再雇用契約が開始する制度運用となっていなくても、同制度を継続雇用制度として扱うことができます。
企業に求められる対応
・定年の引き上げ・継続雇用制度の導入・定年制廃止のいずれかの方法で労働者の70歳までの就業機会を確保するために、企業側にはさまざまな対応が求められます。
労働条件の見直し
・先述のとおり、再雇用をする場合には新しい雇用契約を結ぶこととなり、雇用形態や労働条件の変更をすることができます。ただし、一度決めた労働条件を変更するのは難しいので、再雇用の際にどのような労働条件を提示するのかは、会社側も慎重に検討する必要があります。
例えば、体力等に衰えが見られた場合にも柔軟に働きやすいように、時短勤務やフレックスタイム制の導入を検討することも有効な対応と考えられます。賃金についても、最低賃金のルールの範囲内でなら労使間で自由に決めることができますが、合理的な理由なく極端に低すぎる賃金を設定すると、紛争の元になりかねません。定年前の給与の50~70%ほどの水準とするケースが多いですが、最終的には従業員の理解を得る必要があります。
同一労働同一賃金への対応
令和2年(中小企業は3年)4月1日より施行開始となった同一労働同一賃金法への対応も欠かせません。定年後再雇用に伴う賃金の減額は、職務に大きな変化がない場合でも、定年後再雇用であるという事実自体が事情となり認められることがあります。ただし、その程度等については、確定的な判断が下されていないこと、社内で運用されている賃金体系がどうなっているかも加味される必要があることから、慎重に見定めなくてはなりません。
また、これに確実に対応するために不当に職種まで変更することは認められていません。定年前は事務職に従事していた労働者が、定年後に清掃業務を命じられた事案で裁判所は「実質的に継続雇用の機会を与えたとはいえず、高年齢者雇用安定法の趣旨に反する」として、会社側に慰謝料の支払いを命じる判決を下しています。
※参考)名古屋高裁平成28年9月28日判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/571/086571_hanrei.pdf
就業規則等の見直しや整備
雇用機会の確保の措置については、選択した措置に対応できるよう就業規則を変更、整備することが必要です。再雇用以外の方法を選択する場合には、退職金の支払時期や算出方法などについても必要に応じて見直しや検討を行わなければなりません。
一方、再雇用の方法を選択する場合には、有期雇用契約に切り替えられる場合が多いでしょう。このような従業員に既存の就業規則を適用させてしまうと、雇止めが行いにくくなる場合があります。無期転換制度との関係でも、定年後再雇用者の雇止めは重要になりますので、後々のためにも、別途「定年後嘱託者再雇用規程」等を設けることが望ましいと考えられます。
高年齢者雇用の際に活用可能な助成金について
・今回の施行では努力義務にとどまった70歳までの就業機会確保も、数年後には義務化されている可能性もあります。そうなれば、多少なりとも会社の負担は大きくなるでしょう。そこで、有用な助成金について簡単に紹介します。必要に応じてご利用をご検討されることをお勧めいたします。
1.特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース) | ・60歳以上65歳未満の高年齢者や障がい者、シングルマザーなど、就職の難しい者をハローワークなどの紹介を通じて継続して雇い入れる事業主に支給されます。 ・高年齢者雇用の場合、短時間労働者は40万円、短時間労働者以外は60万円が支給されます。なお、雇用主が中小事業者以外の場合は、支給額がそれぞれ30万円、50万円となります。 |
2.特定求職者雇用開発助成金(生涯現役コース) | ・65歳以上の離職者を、ハローワークなどの紹介により、確実に1年以上継続雇用する労働者として雇い入れる事業主に対して支給されます。 ・短時間労働者は50万円、短時間労働者以外は70万円が支給されます。雇用主が中小事業者以外の場合は、支給額がそれぞれ40万円、60万円となります。 |
3.65歳超雇用推進助成金 | ・65歳以上への定年引き上げや高年齢者の雇用管理制度の整備、有期雇用から無期雇用への転換を行う事業主に支給されます。 ・65歳超継続雇用促進コース・高年齢者評価制度等雇用管理改善コース・高年齢者無期雇用転換コースの3つのコースが用意されており、それぞれ受給要件やもらえる金額が変わります。 |
・高年齢者の方々が、長年培ってきた経験や知見を活かして定年以後も継続して働けることで、取引先との継続した関係性が保てるだけでなく、後進の育成も見込めるなど、雇用確保措置や就業確保措置は会社にとって大きなメリットとなる制度とも言えます。
一方、昨今は難しい経済情勢下での企業経営が求められているのも事実です。会社が耐えうる範囲の負担で、高年齢者の雇用確保措置や就業確保措置を適切に行い、労働力やノウハウを確保していくことができるよう、様々な制度設計を考える必要があります。
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