営業車での長距離移動業務について~労働時間管理・安全配慮面から考える~

広いエリアを担当する営業社員の場合、日々の業務中にかなりの長距離を車で移動することもあると思います。地域にもよりますが、公共交通機関での移動が困難であったり、自社商材等を持ち運ばなければならない場合など、移動手段として車を使用せざるを得ない状況は当然に起り得ます。以前に当ブログでもご紹介しましたが、「多くの営業社員が通常業務のなかで、1日あたり200~300km以上の距離を車で移動することが当たり前」という話を伺うことがありました。
➡関連ブログ:「営業用車両を利用した社員の長距離移動について」

社員が業務で車を使用する場合、1日あたりの走行距離について法律上の制限は特に設けられていません。そのため、社員としては「業務中の車による長距離移動が、一般的に認められる距離なのかどうか?」、「車の長時間運転による疲れ、体調不良について、会社へ相談して聞き入れてもらえるかどうか?」など、モヤモヤすることもあると思います。また会社としても、「業務上、車による社員の長距離移動について1日あたりの走行距離制限を設けるべきかどうか?」、「現在の1日あたりの走行距離が安全配慮面からみて問題がないのかどうか?」など、判断に迷う場合もあると思います。

➡今回のブログ記事では、車による長距離移動業務について、安全配慮義務、労働時間管理の点から、会社としてどのように対応すべきかを、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚生労働省 改善基準告示)を踏まえた上で考えてみたいと思います。

自動車運転者の労働時間等の
改善のための基準

厚生労働省では、運送業運転手(トラックドライバー)、タクシー・ハイヤー運転手、バス運転手などの自動車運転業務に従事する方々の労働条件の向上をはかるため、拘束時間、休息時間、運転時間等の基準を定めています。この基準のうち、旅客運送業ではない運送業の運転手(トラックドライバー等)に適用される基準について詳しく見ていきましょう。

改善基準の内容

この「自動車運転者(トラックドライバー)の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」で定められている拘束時間・休息時間、運転時間の限度について、抜粋して簡潔にまとめると以下の表のとおりになります。
※「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(改善基準告示)」は、令和4年12月23日に改正され、令和6年4月1日から新たな基準が適用されることになります。()内の表記は令和6年4月1日以降に適用される基準となります。

➡参考リンク:「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(厚生労働省 改善基準告示)

【自動車運転者の労働時間等の改善のための基準】
1日の拘束時間 ➡13時間以内
(延長の上限は16(15)時間)
※ただし15(14)時間を超える日は週2回までを限度(目安)とする
1年/1か月の拘束時間 ➡1年:3,516(3,300)時間以内/
1か月:293(284)時間以内
【例外】 労使協定により、次のとおり延長可
【現在の基準】
1年:3,516(3,400)時間以内/
1か月:320(310)時間以内
(年6か月まで)
1日の休息期間 ➡継続 8 時間以上必要とする
(継続11時間以上与えるよう努めることを基本とし、9時間を下回ってはならない)
運転時間 ➡2日平均1日 :9時間以内/2週平均1週 : 44時間以内
連続運転時間 ➡4時間以内
※運転開始後4時間以内又は4時間経過直後に、30分以上の運転の中断が必要で、中断時には原則として休憩を与える(1回おおむね連続10分以上、合計30分以上)
休日労働 ➡休日労働は 2 週間に 1 回を限度とする
()内の表記令和6年4月以降に適用される基準になります。

拘束時間」と「休息期間」の定義は次のとおりです。

(a)拘束時間 ➡労働時間と休憩時間(仮眠時間を含む)の合計時間、すなわち「始業時刻」から「終業時刻」までの使用者に拘束される全ての時間
(b)休息期間 ➡使用者の拘束を受けない期間、つまり、勤務と次の勤務との間にあって、休息期間の直前の拘束時間における疲労の回復を図るとともに、睡眠時間を含む労働者の生活時間として、その処分が労働者の全く自由な判断に委ねられる時間(休憩時間や仮眠時間等とは本質的に異なる)

改善基準の対象者

「自動車運転者(トラックドライバー)の労働時間等の改善のための基準」ですが、その対象者は「労働基準法第9条にいう労働者(同居の親族のみを使用する事業又は事務所に使用される者及び家事使用人を除く)であって、四輪以上の自動車の運転の業務に主として従事するもの」と定められています。この基準ですが、一般の営業社員に対してはまったく適用の余地がない基準なのでしょうか。対象者についてもう少し詳しく見ていきましょう。

①「自動車の運転の業務に主として従事する」とは
➡「自動車の運転の業務に主として従事する」かどうかは、個別に判断されることになりますが、物や人を運搬するため、自動車を運転する時間が労働時間の半分を超えていて、且つその業務に就く時間が年間の総労働時間の半分を超えることが予想される場合には該当するとされています。

② 運送業以外の業種への適用について
➡この基準は、自家用自動車の自動車運転者にも適用されます。また、運送を業とするかどうかを問わず、自動車運転者を労働者として使用する全事業に適用されるとされています。そのため、例えば、工場等の製造業における配達部門の自動車運転者等にも適用されます。

「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」が、一般営業職の社員に適用されるかどうは、最終的には所轄労働基準監督署の監督官が判断することになります。また、労働基準監督官によっても、その判断が異なる場合もあります。ただし、上記①と②から、「一般の営業職社員が、毎日の通常業務の中で、200~300㎞の距離を車で移動することが常態として行われている」場合、業種が運送業であるかどうかを問わず、「自動車運転者(トラックドライバー)の労働時間等の改善のための基準」が準用される可能性は十分にあります

会社(使用者)の安全配慮義務

社員が会社業務の中で自動車の運転を行う場合、会社(使用者)は社員に対し「安全配慮義務」を負うことになります。「安全配慮義務」とは、社員(労働者)の心身の安全や健康に配慮する義務のことをいいます。使用者の安全配慮義務については、以下の法律に根拠があります。

① 労働契約法第5条(労働者への安全の配慮) ➡「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」
② 労働安全衛生法第3条第1項 ➡「事業者は、単にこの法律で定める労働災害の防止のための最低基準を守るだけでなく、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。また、事業者は、国が実施する労働災害の防止に関する施策に協力するようにしなければならない。」

安全配慮義務の具体的履行

会社(使用者)が社員に対し、車による長距離移動をともなう業務を命じる際、会社(使用者)としての安全配慮義務を果たすためにはどのような対応をとるべきでしょうか。具体的には次のような対応を採るべきだと考えられます。

社有車や営業車での1日あたりの走行距離制限を設ける
・冒頭でも申し上げましたが、社有車や営業車での1日あたりの走行距離について、法律上、特に制限は設けられていません。また、車での長距離移動が通常業務として行われている会社であっても、1日当たりの走行距離制限が設けられていないことがほとんどです。しかしながら、1日あたりの走行距離を無制限に認めても問題がないということではありません。

➡車での移動経路の最適化、訪問先での業務に要する時間の確認、適切な休憩時間の確保などを検討したうえで、社有車や営業車での1日あたりの走行距離について上限を設定するのも、会社が講ずべき安全配慮義務の1つではないでしょうか。

「快適」「安全」な自動車運転の走行距離は?
➡一般社団法人日本自動車連盟(JAF)によると、快適・安全な自動車運転の走行距離の目安は、一般道で250km、拘束道路を利用した場合は500km、1時間あたりでは、一般道で20~30km、高速道路では60~70kmが目安になるようです。

② 安全運転管理者(※)、または社内安全管理者を選任し、以下の業務を担当させる

(a)運転者の状況把握
(b)運行計画の作成
(c) 異常気象時等の安全確保の措置
(d)安全運転の指示
(e)運転日報等の記録
(f)運転者に対し長距離走行についての改善指示等を行う

(※)安全運転管理者制度とは、一定台数以上の自家用自動車を使用する事業所等において、自動車の安全な運転に必要な業務を行わせる者を選任させ、道路交通法令の遵守や交通事故の防止を図ることを目的とする制度です。
➡参考リンク:神奈川県警察/安全運転管理者制度

③ 社有車や営業車の法定点検の遵守+日常点検の実施頻度を増やす
・法定点検である「車検」や12ヶ月毎の「定期点検」の実施を遵守することに加え、日常点検の実施頻度を増やすことも安全配慮義務の具体的履行の1つと言えるでしょう。社用車や営業車の多くは自家用車のため、1日1回の日常点検は義務付けられていませんが、車両管理規程などで日常点検の実施時期を明確に定めておくのも1つの方法です。
(例)1か月を1~10日、11~20日、21~末日の3期間に区切り、その期の最初にチェックシートを用いた日常点検を実施する

社有車(営業車)車両管理規程などを作成する
・運転者の健康管理、日常点検の実施、安全確保のための措置、運転日報の作成義務など、会社(使用者)としての安全配慮義務を履行するために定めた事項を社有車(営業車)車両管理規程等に明記し、社員に対して周知します。

➡使用者が安全配慮義務に違反した場合に、特別の罰則規定は存在しません。しかし、この安全配慮義務に違反することにより、使用者は、以下のようなリスクを負う可能性があります。

① 損害賠償のリスク ➡安全配慮義務に違反したことにより、労働者より損害賠償を請求されるリスクがあり、会社が多額の損害賠償責任を負う可能性があります。
② 会社のイメージ低下に伴うリスク ➡安全配慮義務違反により、労働者より訴訟が提起された場合、それによる会社のイメージ低下は相当大きいものになると考えられます。
③ 行政勧告・企業名公表のリスク ➡安全配慮義務違反の内容によっては、行政より勧告を受けたり、会社名が公表をされるリスクがあります。
営業社員(長距離運転者)の時間管理

広いエリアを車で移動する営業社員の場合、社内にいる時間がほとんどなく、会社側が労働時間を把握することができない(算定し難い)ということも多く、このような営業社員に対しては、「事業場外労働のみなし労働時間制」という制度を採用することができます。この制度は、労使協定により、みなし労働時間(所定労働時間または業務の遂行に通常必要とされる時間)を設定して、実際の労働時間が何時間であっても、労使協定で定めた時間(みなし労働時間)働いたものとする制度になります。

➡車で長距離移動を通常業務として行う営業社員の時間管理として、事業場外労働のみなし労働時間制は最適な時間管理方法と言えるのでしょうか。まず制度の概要についてかんたんに見ていきましょう。

事業場外労働のみなし労働時間制

① 事業場外労働の範囲
・事業場外労働のみなし労働時間制の対象となるのは、事業場外で業務を行い、かつ、会社(使用者)が具体的に指揮監督することができないため、労働時間を算定することができない場合に限られます。営業社員にスマートフォン(携帯電話)を所持させ、「随時」会社からの指示を受けながら事業場外で業務を行う場合で、社員に自由裁量が認められていないような場合は事業場外労働のみなし労働時間制は適用されません。

労働基準法 第38条の2(事業場外労働のみなし労働時間制)
Ⅰ 労働者が労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす
Ⅱ Ⅰただし書の場合において、当該業務に関し、労使協定があるときは、その協定で定める時間をⅠただし書の当該業務の遂行に通常必要とされる時間とする
Ⅲ 使用者は、Ⅱの協定で定める時間が法定労働時間以下である場合を除き、厚生労働省令で定めるところにより、同協定を行政官庁(所轄労働基準監督署長)に届け出なければならない。

広いエリアを車で移動するような営業社員について、会社(使用者)が常に時間管理と業務指示を行うよりも、みなし労働時間制を採用したほうが管理しやすい部分もあると思いますが、みなし労働時間制の採用は、社員に時間や業務管理について一定の自由裁量を認めることとなり、移動のルートや業務の効率がかえって悪くなり、車による移動距離数も大きくなる可能性も考えられます

勤怠システム導入による時間管理

GPS機能を利用して、社有車や営業車等の車両管理と、社員の勤怠管理の両方を行うことができるシステムを導入することで、営業社員の時間管理や業務の効率化が期待できます。社用車のGPSデータと勤怠管理システムとをリンクさせることで、その日の労働時間数に応じた訪問計画の作成なども可能となり、不要な長距離移動の削減につながります。このような新たな勤怠システムの導入を検討する価値は十分にあると考えます。

➡参考リンク:SmartDrive Fleet(クラウド型 車両管理システム)

社員の安全面・健康面に配慮した対応を

社有車や営業車での1日あたりの走行距離について、法律上特に制限は設けられてはいませんが、1日あたり200~300kmにも及ぶ、車での長距離移動が日々の通常業務として行われているのであれば、早急に是正する必要があると考えます。自動車運転者の労働時間等の改善のための基準、会社(使用者)としての安全配慮義務の履行、営業社員の最適な時間管理の方法などの点から、総合的に判断する必要があるとは思いますが、会社(使用者)としては、業務の重要性だけではなく、まずは社員の安全面・健康面に配慮した対応を採るべきと考えます

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