中小事業主等の労災特別加入について

労働者災害補償保険(労災保険)は、業務上、または通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡に対し、労働者やその遺族のために、必要な保険給付を行う制度です。会社が従業員を1人でも雇用する場合には労災保険が適用されます。基本的に労災保険は、労働者を保護するためのもので、事業主などは適用対象外になりますが、中小企業の事業主であれば、「特別加入」が認められる場合があります。今回は、中小事業主の労災特別加入について解説していきます。

労災保険の特別加入制度について

労働者災害補償保険(以下、労災保険といいます。)は、本来、労働者の業務、または通勤による災害に対して保険給付を行う制度になります。企業の経営者といった事業主については、原則、労災保険の適用対象外となっています。しかし、事業主であっても、業務の実態を見たときに、労働者と同様の業務を行っていれば、労災保険の適用対象となる場合があります。これが、労災保険の特別加入の制度になります。この特別加入制度は、特別加入することのできる範囲により、以下4つの種類があります。

■労災保険の特別加入制度■
(1)中小事業主等の特別加入
(2)一人親方等の特別加入
(3)特定作業従事者の特別加入
(4)海外派遣者の特別加入
中小事業主等の特別加入

➡今回は(1)中小事業主等の労災特別加入制度について、詳しく解説していきます。

特別加入者の範囲

(1)中小事業主等とは
・中小事業主等の労災特別加入制度は、その名のとおり中小企業の事業主が対象となりますが、ここでいう「中小事業主等」とは、具体的には以下の2つに該当する場合をいいます。

表1に定める数の労働者を常時使用する事業主
② 労働者以外で①の事業主の事業に従事している人
※事業主の家族従事者、中小事業主が法人である場合の代表者以外の役員等

表1 中小事業主等と認められる企業規模■

■業種■ ■労働者数■
金融業、保険業、不動産業、小売業 50人以下
卸売業、サービス業 100人以下
上記以外の業種 300人以下

※労働者を通年雇用しない場合であっても、1年間に述べ100日以上労働者を使用する見込みがある場合も、常時労働者を使用しているものとして取り扱われます。
※1つの企業に工場や支店などがいくつかあるときは、それぞれに使用される労働者の数を合計します。

特別加入の一般的要件

中小事業主が労災保険に特別加入するには、以下の2つの要件を満たし、所轄の都道府県労働局長(以下「労働局長」といいます。)の承認を受ける必要があります。

① 雇用する労働者について保険関係が成立していること
➡つまり、雇用している労働者(従業員)がいるにも関わらず、労災保険に加入していないという場合には、特別加入の要件も満たさないことになります。
② 労働保険の事務処理を労働保険事務組合に委託していること

■労働保険事務組合とは■
・労働保険事務組合とは、中小企業の事業主の方々に代わって、複雑な労働(労災・雇用)保険に関する書類の作成や、申告・納付の手続きなどの一切を処理する組合で、厚生労働大臣から認可された団体をいいます。労働保険事務組合の多くは、商工会や商工会議所などの事業主団体が運営している場合や、開業社会保険労務士が労働保険事務組合を設立し、事業運営している場合などがあります。委託できる事務の範囲として、代表的なものは以下の労働保険事務になります。

【委託できる事務の範囲】
① 概算保険料、確定保険料などの申告および納付に関する事務
② 保険関係成立届、任意加入の申請、雇用保険の事業所設置届の提出等に関する事務
③ 労災保険の特別加入の申請等に関する事務
④ 雇用保険の被保険者に関する届出等の事務
⑤ その他労働保険についての申請、届出、報告に関する事務
特別加入の手続き

(1)初めて特別加入を申請する場合

① 加入の手続き

(a)提出書類 特別加入申請書(中小事業主等)
※特別加入申請書は、労働保険事務組合を通して提出することになります。
(b)提出先 ➡所轄の労働基準監督署長を経由、労働局長へ提出します。

② 加入の範囲

(a)原則 ➡事業主本人の他、家族従事者など労働者以外で業務に従事している人全員を包括して特別加入の申請を行う必要があります。
(b)例外 ➡病気療養中や高齢、その他の事情により、実態として事業に従事していない事業主は包括加入の対象から除外することができます。

※特別加入の申請に対する労働局長の承認は、申請の日の翌日から30日以内で、申請者が加入を希望する日となります。

(2)加入時健康診断について
・以下の特定業務に、それぞれ定められた期間従事したことがある場合には、特別加入の申請を行う際に健康診断を受ける必要があります。

① 加入時健康診断に関する手続きのながれ

STEP1 「特別加入時健康診断申出書」を労働保険事務組合を通して、労働基準監督署長に提出します。
STEP2 ➡特別加入時健康診断申出書の業務歴から判断して加入時健康診断が必要であると認められた場合、労働基準監督署長から「特別加入健康診断指示書」および「特別加入時健康診断実施依頼書」が交付されます。
STEP3 ➡特別加入時健康診断指示書に記載された期間内に、あらかじめ労働局長が委託している診断実施機関のうち、選択する実施機関より加入時健康診断を受診します。労働基準監督署長から交付された加入時健康診断実施依頼書は診断実施機関に提出します。
※加入時健康診断の費用は国が負担します。
STEP4 ➡診断実施機関が作成した「健康診断証明書(特別加入用)」を特別加入申請書または変更届に添付し、労働基準監督署長に提出します。

健康診断証明書を提出しなかったり、業務の内容や業務歴などについて虚偽の申告をした場合には、特別加入の申請が承認されない、または保険給付が受けられないことがあります。

(3)特別加入が制限される場合
・特別加入申請時に行った加入時健康診断の結果が以下のような場合には、特別加入が制限されます。

① 特別加入予定者がすでに疾病にかかっていて、その症状や障害の程度から判断して、一般的に就労することが難しく、療養に専念しなければならない場合には、従事する業務内容にかかわらず特別加入は認められません。
② 特別加入予定者がすでに疾病にかかっていて、症状により特定の業務からの転換が必要であると認められる場合には、特定業務以外の業務についてのみ特別加入が認められることになります。

実際に特別加入の承認後であっても、特別加入前に疾病が発症、または加入前の原因により発症したと認められた場合は労災保険からの給付を受けられないことがあります。

特別加入の保険料

中小事業主等が労災に特別加入した場合の年間保険料額の計算方法は、一般の労働者とは異なります。一般の労働者の場合には、労働者の賃金総額に労災保険料率を乗じることで算出しますが、特別加入者の場合は、給付基礎日額3,500円〜25,000円の範囲内で任意に選択し、その給付基礎日額に応じて保険料を支払うことになります。つまり、選択する給付基礎日額が高額であれば年間の保険料も高くなりますが、労災保険から受けられる補償額も多くなります。

労災保険の範囲で医療機関から療養を受ける場合、療養にかかる費用は全額労災保険からの補償になるため、選択する給付基礎日額によって補償内容が違ってくるのは、休業補償や障害補償等になります。

(1)給付基礎日額
給付基礎日額とは、保険料や、休業(補償)等給付などの給付額を算定する基礎となるもので、特別加入の申請に基づき、労働局長が決定します。給付基礎日額が低い場合は、保険料が安くなりますが、その分、休業(補償)等給付などの給付額も少なくなります。

➡給付基礎日額を変更したい場合は、事前(3月2日~3月31日)に「給付基礎日額変更申請書」を監督署長を経由して労働局長宛に提出することにより、翌年度より変更することができます。 また労働保険の年度更新期間中にも「保険料申告書内訳」または「給付基礎日額変更申請書」により当年度に適用される給付基礎日額の変更が可能です。ただし、給付基礎日額の変更は、災害発生前に申請することが前提になります。給付基礎日額の変更申請前に災害が発生している場合は、当年度の給付基礎日額変更は認められません。

(2)年間保険料
・中小事業主等の年間保険料は、保険料算定基礎額(給付基礎日額×365)にそれぞれの事業に定められた保険料率を乗じた額になります。なお、年度の途中で新たに特別加入者となった場合や特別加入者でなくなった場合には、その年度内の特別加入月数(1か月未満の端数があるときは1か月に切り上げます)に応じた保険料算定基礎額により保険料を算出します。

特別加入保険料(年間)=給付基礎日額✕365日✕労災保険料率

■給付基礎日額と年間保険料額一覧表(※既設建築物設備工事業の場合)■

※中小事業主等の労災特別加入の保険料率は、当該事業に適用される労災保険率と同一の保険料率が適用されます。

特別加入における補償の範囲

特別加入した中小企業の事業主は、業務または通勤により災害を被った場合で、労働者としての業務を行っているなどの一定要件を満たせば、労災保険から給付が受けられます。

■中小事業主等の労災特別加入における補償の範囲■
① 療養補償:労災事故による療養に要する費用が全額補償されます。
② 休業補償:労災事故により休業が4日以上に及ぶ場合、休業4日目より給付基礎日額の80%が補償されます。
③ 労働者の労災事故による死亡に対する遺族給付
④ 被災労働者の後遺障害への補償
⑤ 葬祭料・介護補償など

➡業務災害の認定は厚生労働省労働基準局長が定める基準に従って行われます。中事業主等の特別加入において、対象となる業務災害は、所定労働時間内に、通常の労働者と同様の業務に従事していた際に発生した業務災害になります。また、通勤災害については、一般の労働者の場合と同様に取り扱われます。また、2つ以上の事業の事業主となっている場合で、1つの事業について特別加入の承認を受けていても、特別加入の承認を受けていない、他の事業の業務により被災した場合は労災保険給付の対象とはなりません。

中小事業主等の労災特別加入のすすめ

中小企業では大企業と違って、社長や役員、家族従業員の方も一般の社員と同様に現場で仕事をしていることが多いのが実際のところですが、社長や役員、家族従業員の方々は労災保険の対象とはなりませんので、万が一業務中に被災しても、労災保険からの補償を受ける事ができません。そういった方々の業務上のケガや病気に対する補償を考えた場合、民間の労災保険や損害保険の商品を利用する方法もありますが、保険料が高額になる商品がほとんどです。

➡国の労災保険の補償の内容は手厚く、障害・遺族・介護給付などの補償もあるので、加入要件に該当するのであれば、特別加入を検討する価値は十分にあります。とはいえ、労災の特別加入の手続きは、非常に複雑でわかりにくいといったデメリットもあります。

当事務所は、中小企業福祉事業団の幹事社労士事務所となっており、中小事業主等の労災保険への特別加入にも対応しております。中小事業主等の労災保険特別加入の手続きや費用などについてご不明な点があれば、是非当事務所までお気軽にご相談ください。

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