短時間労働者への社会保険適用拡大について
パートタイム等で働く短時間労働者の方々が増えていることを受け、社会保険の適用範囲拡大が進められています。現在は従業員501人以上の大企業に対して、短時間労働者の社会保険加入が義務付けられいますが、その範囲を段階的に拡大し、2022年には従業員数100人超(101人以上)、2024年には50人超(51人以上)に拡大していく予定です。
多くの中小企業にも影響を与える社会保険の適用拡大ですが、対象となる企業は、変更内容やスケジュールなどを確認して準備を進める必要があります。今回は、法律改正の内容や適用のタイミング、適用拡大による影響、必要な準備や手続きについて解説していきます。
目次
現行の短時間労働者の社会保険適用
年金制度改正法の施行により、2022年10月からパートやアルバイトなどの短時間労働者の方々への社会保険加入の適用範囲が拡大されます。まずは現行の適用要件と改正法施行後の適用要件とを比較してチェックしてみましょう。
(1)短時間労働者とは
・パートタイム労働法(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律)の対象である『短時間労働者(パートタイム労働者)』は、『1週間の所定労働時間が同一の事業所に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比べて短い労働者』とされています。
また、『通常の労働者』とは、正規・非正規雇用にかかわらず、フルタイム勤務する労働者のことを指します。パートタイマーやアルバイトに限らず、嘱託や契約社員、準社員等であっても、通常の労働者より短い労働であれば短時間労働者となります。
※短時間労働者であっても、労働基準法、労働安全衛生法をはじめ、通常の労働者と同じ労働者保護が適用されます。
(2)短時間労働者の社会保険加入要件
・社会保険加入要件に関して、『企業の規模要件』と『従業員の要件』の2つの要件があります。
2022年10月からの社会保険の適用拡大
先にも述べたように、2022年10月から始まる短時間労働者への社会保険適用拡大ですが、従業員数500人超(501人以上)規模の企業においては、すでに2016年より適用が開始されています。適用拡大の要件についてもう少し詳しく見ていきましょう。
(1)適用拡大の開始時期
・短時間労働者への社会保険適用拡大ですが、企業の従業員数規模により、その適用開始時期が異なります。
適用開始年月 | 従業員数規模 |
2016年10月~ | 従業員数500人超(501人以上)規模の企業に適用 |
2017年4月~ | 従業員数500人以下の企業も労使合意により適用拡大が可能 |
2022年10月~ | 従業員数100人超(101人以上)規模の企業に適用 |
2024年10月~ | 従業員数 50人(51人以上)超規模の企業に適用 |
※従業員数規模要件における従業員数のカウント方法
➡社会保険の適用要件を判断する従業員数は、その会社で常時使用される労働者数ではなく、社会保険の被保険者数で判断されます。ですので、社会保険の適用対象とはならない短時間労働者は従業員数に含みません。また、事業場ごとにカウントするのではなく、同一の法人番号である法人ごとの被保険者数で判断することになります。
➡また、月ごとに従業員数の増減がある場合については、「直近12か月のうち6か月で基準を上回った段階」で適用対象となります。ここで注意したいのは、適用対象となった後に、従業員数が適用要件となる従業員数を下回っても、原則として適用され続けます。
(2)従業員の要件について
・従業員の要件によって、社会保険の被保険者に該当するかどうかが判断されることになりますが、社会保険の適用拡大により、従来の従業員要件に加え、以下の(a)~(d)の4要件をすべて満たす従業員(短時間労働者)は社会保険の被保険者となります。
【従来の従業員要件】 |
・正社員(フルタイム従業員) ・週の所定労働時間数および月の所定労働日数が、正社員の4分の3以上であるパート、アルバイト |
【適用拡大後の従業員要件】 |
(a)週の所定労働時間が20時間以上であること |
(b)継続して2か月を超えて使用される見込みがあること |
(c)賃金月額が88,000円以上(年収106万円以上)であること |
(d)学生でないこと |
➡短時間労働者への社会保険適用拡大後の従業員要件について、もう少し詳しく見ていきましょう。
(a)週の所定労働時間が20時間以上であること
・週の所定労働時間数に関しては、雇用契約上の週所定労働時間数が20時間以上であるかどうかで判断されますので、残業などの労働時間は含まれません。ただし、雇用契約上の週所定労働時間が20時間未満であっても、実際の労働時間数が2か月連続して週20時間以上となっており、今後も引き続き週の所定労働時間数が20時間以上となると見込まれる場合などは、3か月目以降に社会保険が適用されます。
(b)継続して2か月を超えて使用される見込みがあること
・雇用契約期間が2か月以内であっても、実際に2か月を超えて使用される見込みがある場合は、雇用期間の始めから遡及して社会保険の適用対象となります。
たとえば、契約上の雇用期間が2か月以内でも、以下のような場合は、遡及して社会保険の適用を受けます。
➡雇用契約上、「更新あり」「更新される場合がある」旨明示されている場合
➡同一の事業所で、同様の雇用契約で雇用されている従業員が、更新等で契約期間を超えて雇用された実績がある場合
(c)賃金月額が88,000円以上(年収106万円以上)であること
・時間外手当、休日手当、深夜手当 、賞与等の臨時に支払われる賃金、精皆勤手当、通勤手当、家族手当などは含まれません。
(d)学生でないこと
・ただし、卒業前に就職したり、卒業後も引き続き同じ会社に雇用される場合などは適用対象となる場合があります。
短時間労働者への社会保険適用拡大による影響
・短時間労働者への社会保険適用拡大は、企業や従業員にどのような影響があるのでしょうか。それぞれの影響について考えてみましょう。
従業員への影響
短時間労働者への社会保険適用拡大の目的は、充実した社会保障の仕組みを強化することになりますが、それだけではなく、今後の人口減少社会に備え、夫の扶養に入っている主婦層の方々の就業を促進することも大きな目的の1つです。今後の社会保険の適用拡大により、扶養内で働くパート・アルバイト従業員の方々の働き方にも大きな影響が出ることは間違いないと思われます。
(1)従業員にとってのメリット
・短時間労働者への社会保険適用拡大にともない、パート・アルバイトなどの従業員の方々が、新たに社会保険に加入する場合、以下のようなメリットが考えられます。
(a)社会保険適用となることで、保険料が会社との間で折半となるため、ご自身で国民健康保険や国民年金に加入されている一部の方の中には、保険料の支払い額が少なくなる場合がある |
(b)厚生年金保険に加入することで、報酬比例年金として、将来の老齢厚生年金受給額が増える |
(c)けがや病気で障害が残り、日常生活や仕事に制限を受ける場合に、障害厚生年金が支給される場合がある |
(d)健康保険では傷病手当金や出産手当金の受給が可能になる |
(2)従業員にとってのデメリット
・夫(妻)の扶養などに入っているパート・アルバイトの方の場合、社会保険法上の扶養の範囲は、年収130万円以内とされていますが、今回の年金制度改正法の施行によって、企業が適用拡大の要件に該当する場合、年収106万以内が扶養の範囲となります。
社会保険が適用され、加入が義務付けられると、「社会保険料が控除されると手取り額が減って困る」と心配される従業員の方がいますが、社会保険料の負担があっても、社会保険法上の扶養の範囲を超えて働くことができるようになるので、結果的に収入額が増え、大きなデメリットにはならないのではないでしょうか。
企業への影響
短時間労働者への社会保険適用拡大による、企業への最も大きな影響として考えられるのが社会保険料の負担額の増加になります。また、企業として従業員の雇用、労務管理に関して大きな見直しの必要に迫られることも考えられます。
(1)社会保険料の企業負担の増加
・今回の年金制度改正法の施行により、約65万人の方々があらたに社会保険の被保険者となると想定されており、これらの社会保険料は、いずれも企業が半分を負担することになり、企業にとってコスト増が大きくのしかかります。
厚生労働省の試算によれば、社会保険の適用拡大により、短時間労働者が社会保険に加入した場合、1人当たり約24.5万円/年(40〜65歳の方の場合は+約1.5万円)増加すると言われています。
➡企業としては、これまでの労働条件のままで雇用を維持させるのか、または労働時間を変更するなどして契約内容を見直す等の長期的な検討が必要になり、短時間労働者の雇い入れや労働条件を再考するタイミングになるのではないでしょうか。
企業が実施すべきこと
2022年10月からの短時間労働者への社会保険適用拡大に向けて、従業員数が100人超(101人以上)の企業は、事前に準備を進めておく必要があります。
適用対象者の把握
・パート・アルバイト従業員の方々の労働条件や実際の就労の実態を確認し、適用対象者を洗い出します。従業員の要件についてはこちらをご確認ください。
社会保険適用対象者本人の意向確認
・社会保険の適用に関しては、本人の加入意思にかかわらず、要件を満たせば加入義務が生じるのが原則です。ただし、中には「配偶者控除内での就業を希望するため、社会保険へは加入したくない」という従業員の方々もおられます。ですので、社会保険への加入を希望しない従業員の方々が、適用拡大により、被保険者に該当する場合は、対象となる従業員の方としっかりとコミュニケーションを取り、ご本人の今後の意向を確認することが必要です。
どうしても社会保険加入を希望しない従業員の方であれば、加入要件に該当しない労働条件(週所定労働時間20時間未満)に変更することで、社会保険の適用対象から除外することはもちろん可能ですが、実際の収入が少なくなってしまうデメリットもあります。
➡年収を106万円以内に設定して扶養の範囲内で働くのか、それとも扶養の所得制限を外して働くのかを、適用対象となる従業員の方々としっかりと話し合うことが非常に重要です。
社会保険の適用拡大に関して、適用対象となる従業員の方への説明には、厚生労働省の社会保険拡大特設サイトよりダウンロードできる『社会保険適用拡大ガイドブック』を利用することをおすすめします。
➡関連サイト:厚生労働省 社会保険適用拡大特設サイト 『社会保険適用拡大ガイドブック』
社会保険料負担額の把握
・新たに社会保険加入の適用となる従業員数が確認できれば、事業主負担分の社会保険料額を把握することができますので、この事業主負担分の保険料額が経営にどの程度影響をもたらすのか把握し、対策を講じておく必要があります。
事業主負担分の社会保険料額の試算は、厚生労働省の社会保険拡大特設サイト内の「社会保険料かんたんシミュレーター」で計算することができます。
書類作成と届出
雇用する従業員のうち、被保険者数が101人~500人の企業には、2022年8月までに、日本年金機構から新たに適用拡大の対象となることを知らせる通知書類が届きます。通知を受けた企業は、健康保険 厚生年金保険 被保険者資格取得届を作成し、2022年10月5日までに届出を行います。
※雇用する従業員のうち、被保険者数が51人~100人の企業の届出の時期は、2024年10月です。
活用できる支援や補助金・助成金
・企業が社会保険適用拡大に向けた準備を円滑に進められるように、厚生労働省では以下の支援や、補助金・助成金制度を用意しています。
(1)よろず支援拠点 ➡「よろず支援拠点」は、中小企業や小規模事業者の経営相談所です。全国47都道府県に設置されています。売り上げ拡大や経営改善などの経営課題の解決などの専門的な相談をすることができ、相談は何度でも可能で無料です。 |
(2)中小企業生産性革命推進事業(補助金) 「中小企業生産性革命推進事業」は、中小企業基盤整備機構が中小企業の生産性向上のために、中小企業を継続的に支援する制度です。「ものづくり補助金」「持続化補助金」「IT導入補助金」の3つの補助金が用意されています。 |
(3)キャリアアップ助成金 ➡短時間労働者の労働時間を延長した場合や社会保険の選択的適用拡大を行った場合には「キャリアアップ助成金」を申請できます。キャリアアップ助成金には、「短時間労働者労働時間延長コース」「選択的適用拡大導入時処遇改善コース」「正社員化コース」などのコースが用意されています。例えば「短時間労働者労働時間延長コース」では、パートやアルバイトなどの短時間労働者の週所定労働時間を5時間以上延長して、新たに社会保険を適用した場合、1人当たり225,000円の助成金が支給されます。 |
総括(まとめ)
働き方改革の促進にともない、女性や高齢者などの社会参加が増え、ますます働き方が多様になっています。短時間労働者への社会保険適用範囲拡大は、事業主の社会保険料負担増のデメリットもありますが、より多くの収入稼得を目指す、優秀な人材を採用するチャンスでもあります。
➡社会保険の適用拡大に対応するため、就業規則の改訂、各種補助金・助成金申請を検討されている企業様も多いかと思います。ご不明な点などございましたら、是非当事務所までお気軽にご相談ください。
お気軽にお問い合わせください。
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