徹底されていますか?~パワハラ防止措置の義務化について~

すでにご存じかと思いますが、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)の適用が、大企業では令和2年6月から、さらに中小企業でも令和4年4月から開始されており、職場におけるパワーハラスメントの防止措置を講じることがすべての企業に義務付けられています。しかしながら、中小企業においては、具体的にどのような措置や対応を講ずるべきかについて十分に理解されていないためか、パワハラ防止措置が十分に講じられていないと感じることが度々あります。

➡今回はパワハラ防止措置の具体的内容に加え、厚生労働省から公表されている「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」の統計データの一部と、会社(使用者)が負う職場環境配慮義務使用者責任について解説していきます。

職場のパワーハラスメントに関する実態調査について

厚生労働省より公表された、職場のパワーハラスメントに関する実態調査の中から、統計データを一部抜粋してご紹介します。この実態調査は、 厚生労働省委託事業として東京海上日動リスクコンサルティング株式会社が調査を実施、報告したものになります。従業員調査について、調査実施期間は2016年7月22日~7月27日、調査対象者は20~64 歳の全国の企業・団体に勤務する者、サンプル数は10,000名(正社員6,650名/正社員以外3,350名)になります。

➡統計データの一部抜粋となりますが、パワーハラスメントに関する相談について、内容では「精神的な攻撃」の比率(73.5%)、加害者と被害者の関係では、「上司から部下へ」の比率(77.3%)が最も高いこと分かります。また、パワーハラスメントに該当すると判断した事例でも、内容では「精神的な攻撃」の比率(49.1%)、加害者と被害者の関係では、「上司から部下へ」の比率(47.9%)が最も高いことが分かります。小さな「言葉一つ」「態度一つ」であっても、上司、もしくは上席の役職者からのそれら「言動」によって、精神的な苦痛を感じていると相談があった場合、 それら相談に適切に対応すること、相談に応じるための体制を整備することは会社の義務になります

具体的なパワハラ防止措置について

ハラスメント防止のための措置を講じることがすべての会社に対して義務付けられていますが、具体的にどのような措置や対応を講ずるべきか、具体的にご理解いただけていないと感じる機会が度々ございます。職場におけるハラスメントを防止するために、会社が雇用管理上講ずべき措置は多岐に渡ります。これらの措置は法律や指針で以下のように定められており、会社はこれらを必ず実施しなければなりません

【具体的なパワハラ防止措置】】
① 事業主の方針等の明確化および周知・啓発☟
(a)事業におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、労働者に周知・啓発すること。
(b)行為者について、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発すること。
② 相談、苦情に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備☟
(c)相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること。
(d)相談窓口担当者が、相談内容や状況に応じ、適切に対応できるようにすること。
③ 職場におけるパワハラに関する事後の迅速かつ適切な対応☟
(e)事実関係を迅速かつ正確に確認すること。
(f)速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと。
(g)事実関係の確認後、行為者に対する措置を適正に行うこと。
(h)再発防止に向けた措置を講ずること(※事実確認ができなかった場合も含む)。
④ 併せて講ずべき措置☟
(i)相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、その旨を労働者に周知すること。
(j)相談したこと等を理由として、解雇その他不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること
➡労働者が事業主に相談したこと等を理由として、事業主が解雇その他の不利益な取り扱いを行うことは、労働施策総合推進法において禁止されています。

➡会社がパワハラ防止のための措置を行っていなかったとしても、労働施策総合推進法には罰則の規定が特に設けられていません。しかし、会社がパワハラを防止措置をとっていなかった場合には、都道府県労働局長からの助言・指導・勧告の対象となります。また、実際にパワハラ被害にあった社員からの申請があれば、各都道府県労働局に設置される紛争調整委員会(厳密には紛争調整委員会の中の優越的言動問題調停会議)による調停の対象ともなりえますまた、パワハラを受けた事実について相談したことなどを理由として、社員に対して不利益な取扱いを行ってはならないことが労働施策総合推進法で定められています。

ハラスメント対策の総合情報サイト「あかるい職場応援団」では、職場のパワーハラスメント対策に取り組む企業の具体的事例が紹介されています。自社での取り組みを検討するうえで、非常に参考になると思います。ハラスメントに関する裁判事例なども紹介されていますので、ぜひご覧いただければと思います。

職場環境配慮義務と使用者責任について

・労働施策総合推進法(パワハラ防止法)において、すべての会社に対し、パワハラ防止措置を講ずることが義務付けられていますが、それ以外にも会社(使用者)には次のような義務や責任が課せられています。

職場環境配慮義務について

職場環境配慮義務は、雇用契約に基づく義務として会社が負う一種の注意義務になります。会社は、労働者が安心して働けるよう、良好な職場環境を維持する義務を当然に負っています。したがって、パワハラ防止措置を怠り、良好な職場環境維持への配慮に欠くことは、この職場環境配慮義務を果たしていないことになります。会社が職場環境配慮義務を怠り、労働者が損害を受けた場合、労働契約上の責任(債務)を果たしていないこととなり、損害賠償責任を負う可能性もあります(民法415条)

使用者責任について

業務中にパワハラ行為を受けた労働者が、身体的・精神的損害を被った場合、会社は使用者責任(民法715条)を問われる可能性があります。これは、事業を行うため人を使用する者(会社)は、被用者(社員)がその業務の中で、第三者に損害を加えた場合、その損害を賠償する責任を負うということです。「パワハラ行為により、被害者に損害を与えたのは社員(個人)であって、社員(個人)同士の問題に対して会社は一切関与しないし、責任を負うものではない。」と主張することはできません。

パワハラ発生後の対応について

パワハラの予防措置として、「相談窓口の設置」や「従業員向けの研修の実施」といった対策を十分に講じていたとしても、実際にパワハラが発生した場合の対応が実務上非常に重要になります。パワハラを受けたと申告してきた従業員の心情に寄り添うことができなかったり、逆にパワハラの加害者として申告された従業員を追い詰めて孤立させてしまったり等、不適切な対応を避けることが重要になってきます。

相談者(被害者)への対応

従業員からパワハラを受けたと相談があった場合、まず最初に行うのは「事実確認」です。まず相談者に対して、会社は相談や苦情を申し立てたことを理由に、不利益な取扱いをしないこと、また加害者とされる従業員からの報復行為等、二次被害が生じないよう対応することを説明し、安心して相談できる体制と取ってから事実確認を行うことが大切です。

(1)相談者からの事実確認時に聴取すべき項目
➡事実確認時には主に以下の項目を確認します。また併せて、相談者が会社に対して具体的にどのような対応(解決方法)を求めているのか、また加害者として申告された従業員に対し、被害者からの申告内容を伝え、同様に事実確認を行っても問題ないかどうかを必ず確認します。

■聴取すべき項目■ ■具体例■
(a)ハラスメントの内容 ➡加害者とされる相手、パワハラを受けた日時・頻度・場所など
(b)加害者とされる従業員との関係 社内における相談者との上下関係社外でのプライべート関係の有無など
(c)パワハラ行為を受けた相談者の対応 ➡相談者がパワハラを受けて、どのような対応(行為)をしたか。またそれを受けた相手の対応など
(d)上司や同僚の対応 ➡上司や同僚に相談を行っていたかどうか。また相談していた場合の上司や同僚の対応の有無など
(e)パワハラ被害の程度 ➡パワハラ行為による仕事への影響、心理的影響など
(f)パワハラ行為を受けた証拠の有無 ➡メール、LINEのやり取り、音声などの物的証拠、目撃者の有無。また同様の被害を受けている従業員の有無など

加害者とされる社員への対応

従業員からパワハラを受けたと相談があった場合、「パワハラ加害者」とされる従業員への対応は、相談者への対応以上に慎重な対応が求められます。まず大原則として、パワハラ加害者とされる従業員への「決めつけ」対応は絶対NGです。最初に相談を受けた初動の段階では、相談者の申告内容から、「加害者である可能性がある」に過ぎません。相談者への対応時と同様に「聴く姿勢」を持つことを心掛けてください

➡会社の対応としては、相談者とパワハラ加害者とされる従業員双方から事情聴取を行い、事後対応としては当事者だけではなく、他の従業員(第三者)の証言なども踏まえ、客観的に事実確認を行ったうえで対応を検討する必要があります

(1)パワハラ加害者とされる従業員への対応手順
・パワハラ加害者とされる従業員への対応としては、以下の手順に沿って対応します。また、加害者とされる者に対する事実確認は、かならず相談者の了承を得てから行わなければなりません。

手順 ① ➡相談者からの相談内容・苦情内容を伝える
・加害者とされる従業員に対し相談・苦情が申し立てられていること、事業主として対応する義務があり、事実確認を行う必要があること、加害者とされる従業員のプライバシーは厳守すること、今回の問題解決までのながれ等を説明します。
手順 ② ➡事実確認を行う
・相談者から聴取した項目について、同様にパワハラの加害者とされる従業員からも聴取を行います。
※この際、加害者とされる従業員に対しても、「弁明の機会」を与え、客観的な事実確認を行うようにします。
手順 ③ ➡相談者への対応についての説明
・二次被害を防止するため、相談者に対する報復的行為の禁止等を慎重に説明します。また、相談者から申告された行為を今後行うことのないよう注意を行います。
手順 ④ ➡当事者間での話し合いの禁止
・会社が最終的な処分判断を行うまでの間、相談者に対し詮索したり、当事者間で当該問題について話し合うことを禁止する旨伝えます。
手順 ⑤ ➡パワハラ防止措置義務についての説明
・ハラスメン卜のない職場環境の形成は会社の義務であり、今回の相談に対しても、会社が責任を持って解決に当たる意思を有することを明確に伝えます。

➡相談者(被害者)と加害者とされる社員双方からの事実確認が困難な場合、会社(使用者)の側から、労働施策総合推進法第30条の6に基づく調停の申請を行うことや、その他中立な第三者機関に紛争処理を依頼することなども、会社が取るべきパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応として必要となる場合もあります。

パワハラ対策マニュアルをご活用ください

すべての会社に義務付けられている「パワーハラスメント防止措置」ですが、中小企業、特に従業員数が10人前後の企業様の場合、十分に徹底されていないと感じることが度々あります。小規模の事業所では、社員同士の距離も近く、膝を突き合わせて仕事するような場合も多く、「小さな言葉ひとつ」「小さな態度ひとつ」が、想像以上に「ダイレクト」に人の心に伝わるケースが多くあると思います。金属が擦れ合う音がするような印象の職場は、社員が気持ちよく働くことができる職場とはなり得ません。

会社経営に関わる方々には、今回解説させてただいたパワハラ防止措置義務や、会社の負う職場環境配慮義務をしっかりとご認識いただき、快適な職場環境づくりのため、適切な対応を取っていただきたいと切に願います。また、私たち社会保険労務士も、社員のみなさまがストレスなく、気持ちよく働くことができる職場づくりための「潤滑油」として、その役割を果たしていかなければならないとも考えております。

最後になりましたが、パワハラ防止については、他人事ではなく、誰もが加害者にも被害者にもなり得るという当事者意識を持ち、その防止について取り組んでいく必要があります。今回は、すべての会社に義務付けられた「パワハラ防止措置」について簡単に解説させていただきましたが、その他の詳細につきましては、以下にご紹介するパワハラ対策マニュアルをぜひご覧いただき、活用されることをおすすめします。

➡参考リンク:かながわ労働センター 企業力をアップする!中小企業のためのパワハラ対策マニュアル

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